大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和29年(ワ)6731号 判決

原告 紫垣一志

被告 合名会社勝倉製作所 外三名

主文

被告合名会社勝倉製作所は原告に対し金三十九万七千八百円及びこれに対する昭和二十九年七月三十日以降右金員完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。

被告今井鉄三郎、同今井与八、同今井清介は原告に対し各自、原告の被告合名会社勝倉製作所に対する前項請求権の強制執行が効を奏しない場合には、金三十九万七千八百円及びこれに対する昭和二十九年七月三十日以降右金完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は原告において金八万円の担保を供するときは仮にこれを執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文と同趣旨の判決及び仮執行の宣言を求めその請求の原因として、

訴外小林医科工業株式会社(以下略して訴外会社と呼ぶ)は昭和二十七年八月二十七日被告合名会社勝倉製作所(以下略して被告会社と呼ぶ)との間に被告会社が訴外日本赤十字社長野支部に納入すべき医療器械の納入及びその売買代金の受領等に関し左に記すとおりの内容の契約を結んだ。

「一、被告会社が訴外日本赤十字社長野支部との間において医療器械(寝具消毒器二号型一台汚物焼却器二号型一台、代金合計金四十七万八千円)を売渡すべき旨の契約を締結したことに関し訴外会社は被告会社の右契約に基く医療器械納入の債務履行につき便宜を与えるため被告会社に対し金三十五万円を交付する。

二、被告会社は訴外日本赤十字社に対する前記医療器械納入債務を所定の期限内に誠実に履行する。

三、被告会社は訴外会社に対し右医療器械の売掛代金金四十七万八千円を訴外日本赤十字社長野支部より受領したときは訴外会社に対し第一項記載の前渡金三十五万円の返還及び右日本赤十字社との取引による利益分配金金四万七千八百円の支払をなすこと。」

よつて訴外会社は右契約に基き被告会社が前記医療器械の売買代金を売渡先から受領し次第被告会社より金三十九万七千八百円也の支払を受けるべき権利を取得した。

その後被告会社は訴外日本赤十字社長野支部より右売買代金の弁済を受けたに拘らず、右訴外会社に対し前記約定による金三十九万七千八百円の債務の支払をしない。ところで訴外会社は被告会社に対する右三十九万七千八百円の債権(これを以下本件債権と呼ぶ)を昭和二十八年二月二十日原告に譲渡した。一方当時被告会社代表者であつた被告今井鉄三郎は昭和二十九年五月十四日右債権譲渡に対し異議を止めず承諾した。仮に被告今井鉄三郎に被告会社を代表する権限がなかつたとしても、同人は被告会社の事実上の主宰者であり、当時被告会社の代表者と称して訴外会社等との取引に当つており被告会社も右事実を黙認していたのみならず、右債権譲渡に対し異議を止めずこれを承諾したときにも自ら承諾書に対し被告会社代表社員なる旨を表示してこれをなしているのであり、原告は被告今井鉄三郎が被告会社の代表者と信じていたのであるから表見代表の法理により、被告会社は前示承諾の効果を免れることはできない。仮に右主張が理由ないとしても被告今井鉄三郎は当時取引先一般に対し被告会社の代表者乃至代理人として被告会社のために法律行為をなし、被告会社はこれを放任していたものである。よつて本件債権譲渡の承諾につき被告今井鉄三郎が被告会社を代理する権限を有しなかつたとしても、民法第百九条の規定により被告会社は被告今井鉄三郎の前示異議を止めぬ承諾の効果を免れることはできない。仮に右主張が理由ないとしても被告今井鉄三郎は被告会社を代理すべき何等かの代理権を有したところ、原告は右代理権の制限を知らず、前記本件債権譲渡の承諾につき被告今井鉄三郎が被告会社を代理すべき権限ありと信じてこれをなしたものであり、且つ、前段にも述べたとおり当時被告今井鉄三郎は被告会社の代表者乃至代理人と称して各取引先と法律行為等をなしていたものであるから原告が同人を被告会社を代理して本件債権譲渡を異議なく承諾する権限を有したと信ずるにつき正当な事由あるものである。よつて民法第百十条の規定により被告会社は被告今井鉄三郎の前記行為につきその責を負わねばならぬ。又仮に右主張が理由ないとしても、被告今井鉄三郎は被告会社の社員たるとともに一面商法第四十三条にいう番頭に相当するから右被告の前記異議を止めざる承諾の効果は被告会社に及ぶものである。仮に右主張が認められないとしても原告は訴外会社より前記債権譲渡の際授与された代理権に基き昭和二十九年五月二日被告会社に到達した内容証明郵便により右債権譲渡の事実を被告会社に通知した。

仮に右に主張した通知乃至承諾の事実が全部みとめられないか又は有効でないとしても昭和二十九年二月十九日被告会社営業部長今井清介は原告代理人樋口俊二に対し右債権譲渡を承諾した。

よつて原告は訴外会社より譲渡を受けた本件債権の請求として被告会社に対し金三十九万七千八百円及びこれに対する本件訴状が被告会社に送達された日の翌日である昭和二十九年七月三十日以降右完済まで年六分の割合による商法所定の遅延損害金の支払を求め、被告会社を除く他の被告等は全部被告会社の社員であるから被告会社に対する右請求権の強制執行が効を奏しないときは、商法第八十条に則り、これらの被告等各自に対し金三十九万七千八百円及びこれに対する昭和二十九年七月三十日以降年六分の割合による商法所定の遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだのである旨陳述し、被告主張の抗弁に対してはこれを争う旨答えた。〈立証省略〉

被告等四名訴訟代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、答弁として、被告会社が原告主張のとおり昭和二十七年八月二十七日訴外会社、被告会社間の契約に基き、訴外会社に対し金三十九万七千八百円の支払債務を負担するに至つたこと被告会社が合名会社であること、被告今井鉄三郎が昭和二十九年五月十四日当時被告会社の社員であつたこと及び現在被告会社を除く各被告が被告会社の社員であることは認めるが、原告が訴外会社から本件債権の譲渡を受けたとの主張は否認する、又昭和二十九年五月十四日、被告今井鉄三郎が被告会社の代表者として本件債権が原告に譲渡されたことにつきこれを異議なく承諾したとの主張は否認する。仮に被告今井鉄三郎が原告主張のとおり、本件債権が原告に譲渡されたことを異議なく承諾したとしても被告今井鉄三郎は当時被告会社の代表者ではなかつたから右承諾は被告会社に対し効力を及ぼさない。又昭和二十九年五月一日本件債権が原告に譲渡されたことを通知する書面が到達したことはみとめるがその効果は争うその余の原告主張事実は不知なる旨答え、抗弁として、訴外会社は裁判所より昭和二十八年六月五日商法第三百八十一条による整理開始命令をうけ、更に同法第三百八十六条によつて会社の業務及び財産に関する管理命令の処分をも受け、管理人として訴外椿荘三が選任された、よつて仮に原告主張の日時に訴外会社が被告会社に本件債権を譲渡したとしても、原告主張にかかる右債権譲渡の通知及び承諾はその後になされたものであるから右債権譲渡の対抗要件としての効果を発生しない。

仮に右主張が理由ないとしても、被告会社は訴外会社より原告への本件債権の譲渡を異議を止めず承諾したことはないからつぎのとおり相殺の抗弁を提出する。すなわち、被告会社は別紙〈省略〉第一目録記載の約束手形、被告今井清介は別紙第二目録記載及び同第三目録記載の各約束手形の所持人として訴外会社に対しそれぞれ金十四万円及び金三十一万六千円の手形上の請求権を有したところ、昭和二十八年五月初旬、被告会社、被告今井清介訴外会社三者間の合意により、被告会社が訴外会社に対して負う本件債務の弁済については、被告会社及び被告今井清介が訴外会社に対して有する前記三つの手形金債権合計金四十五万六千円のうち金三十九万七千八百円を以て充当することとしたのでこれにより本件債権は原告の主張する対抗要件を備える前に消滅したものであると陳述した。〈立証省略〉

理由

訴外会社と被告会社が昭和二十七年八月二十七日締結した原告主張のとおりの契約に基き、訴外会社は、被告会社が、訴外日本赤十字社長野支部から、前記契約中において被告会社が、訴外日本赤十字社長野支部に納入すべき旨定められている医療器械の売買代金を受領したときは、被告会社から金三十九万七千八百円の支払を受けるべき権利を取得したこと、右契約後間もなく被告会社は訴外日本赤十字社長野支部より右医療器械の代金の支払を受け、よつて、昭和二十八年二月二十日以前に、被告会社は訴外会社に対し右に述べた事由に基き金三十九万七千八百円の支払債務を負うに到つたことにつき当事者間に争がない。そこで争の存する、本件債権が原告に譲渡された事実、及び、右譲渡の被告会社に対する通知又は被告会社による承諾の事実につき判断する。

証人平塚祐治の証言(第一、二回)により真正に成立したと認めうる甲第三号証及び右証言を綜合すれば、昭和二十八年二月二十日訴外会社は前段記載の債権を原告に譲渡したことが認定し之、右認定に反する証拠は存在しない。

つぎに証人今井文昭の証言、被告今井鉄三郎本人尋問の結果を綜合して真正に成立したと認める甲第四号証、同第六号証及び証人今井文昭の証言、並びに被告今井鉄三郎本人尋問の結果を綜合すれば被告今井鉄三郎は被告会社の代表者たる資格を称して被告会社のために昭和二十九年五月十四日、原告の代理人久保田峻に対し、本件債権が訴外会社より譲渡された事実に対し異議を止めず、承諾した事実を認定することができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない(証人今井文昭の証言、被告今井鉄三郎の本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用しない)。ところで右承諾の事実に関し被告等は、仮に右承諾の事実が認められるとしても被告今井鉄三郎は被告会社を代表する権限がないから右承諾は被告会社につき効果を生じないものである旨主張し原告は仮に被告今井鉄三郎が被告会社の代表社員でなかつたとしても同被告は被告会社の社員であり、且つ右債権譲渡の承諾に当つては被告会社の代表社員たる名称を附してこれをなし、原告は被告今井鉄三郎が被告会社の代表社員なりと信じて右承諾を受けたものである旨主張するのでこの点につき判断する。被告今井鉄三郎が昭和二十九年五月十四日当時被告会社の代表社員であつたという原告の主張についてはこれを証するに足る証拠がない(この点につき原告は甲第八号証を提出しているが乙第一号証の存在と併せ考え、右甲号証をもつては右原告の主張を証するに足りない。

又証人平塚祐治、同樋口俊二、の証言にも右原告主張の事実に触れるところがあるが、これらは右証人等が、被告今井鉄三郎が被告会社の代表者であると信じたというに止まり、これらの証言をもつて直に右原告の主張事実を認定することはできない)。しかるに被告今井鉄三郎が昭和二十九年五月十四日、被告会社の代表社員名を称して被告会社のために訴外会社が被告会社に対して有する本件債権を原告に譲渡したのを異議なく承諾したことについては前段認定のとおりであり、当時被告今井鉄三郎は被告会社の社員であつたことにつき当事者間に争なく成立に争のない甲第一号証、同第二号証同じく成立に争のない乙第一号証、同第二号証証人平塚祐治の証言(第一回)によれば、昭和二十九年五月以前から同月頃にかけて被告今井鉄三郎は被告会社の代表者なるが如く行動しその取引先等に対し同被告が被告会社の代表者であると信ぜしめていたという事実並びに被告会社も右事実を放任し黙認していたという事実を認定することができ被告今井鉄三郎本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用せず右認定に反する証拠は他に存在しない。右事実及び本件口頭弁論の全趣旨に徴するときは被告今井鉄三郎が昭和二十九年五月十四日、本件債権譲渡を異議なく承諾したとき、原告の代理人として右承諾を受けとつた訴外久保田畯も被告今井鉄三郎が被告会社の代表権を有しないことを知らなかつたということを容易に推認することができ右認定に反する証拠はない。

さて右認定の事実によれば、被告今井鉄三郎は昭和二十九年五月十四日当時被告会社の社員ではあつたが代表社員ではなかつたところ、自ら被告会社の代表社員と称して、原告に対し本件債権譲渡を異議を止めず承諾したものであり、原告は、被告今井鉄三郎が被告会社を代表する権限のないことを知らなかつたものであるから商法第二百六十二条の類推適用により、被告会社は被告今井鉄三郎による本件債権の前異議を止めざる承諾の責に任じなければならない。何故なら商法第二百六十二条の規定は同法第三十八条第三項の規定と同じく商取引上における動的安全に対する強度の保護の必要から現実に会社が代表権限を有するが如き名称を称せしめ又は取締役がこれを使用するのを黙認するという様な事情にある取締役を相手として取引したときはその取締役に代表権限がなくても会社は善意の相手方に対してはその行為の責を負うべきものと規定した、ものであつてこの点に関しては株式会社たると合名会社たると何等扱いを異にすべきいわれはないからである。

してみれば被告会社の提出する相殺の抗弁等はこれを判断するまでもなく、被告会社は原告に対し、本件債権譲渡を承諾した昭和二十九年五月十四日より金三十九万七千八百円の支払をなすべき義務ありといわねばならぬ。この点に関し被告等は訴外会社が昭和二十八年六月五日整理開始命令をうけ且つ右債権譲渡の承諾前に、右整理開始命令に基き商法第三百八十六条による管理命令が発せられ管理人として訴外椿荘三が選任されているから、右承諾は被告会社に効果を及ぼさないものである旨主張しているが、被告等が抗弁として主張するのが、右事実に止まる限り、右被告の主張事実はそれ自体、本件債権譲渡に対する被告今井鉄三郎による前段認定の承諾の効果を左右するにはたりない。

よつて被告会社に対し金三十九万七千八百円及び本件訴状が被告等に送達された日の翌日であること本件記録上明らかな昭和二十九年七月三十日以降右金員完済まで年六分の割合による商法所定の遅延損害金の支払を求め、他の被告等に対しては被告会社に対する強制執行が効を奏しない場合に前記金三十九万七千八百円及び昭和二十九年七月三十日以降右金員完済まで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、同法第九十三条に則り、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 兼子徹夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例